静寂なオフィスや、深く集中して作業をしている最中、突然鳴り響く着信音。その瞬間、心臓がドキッとし、今まで頭の中で積み上げてきたロジックが一瞬で崩れ去る感覚。そんな経験はございませんでしょうか?
もしあなたが「仕事中の電話がストレス」「作業が細切れになって集中できない」と悩んでいらっしゃるなら、それはあなたの能力不足ではございません。今の時代の「電話」というツールの使い方について、見直しの余地があるのかもしれません。
この記事では、脳科学的なデータやプロスポーツの現場の例えをもとに、現代ビジネスにおける「電話の正解」について考察します。

上原浩治氏のエピソードに学ぶ「電話」の本質
元メジャーリーガーの上原浩治さんが語っていらした、こんな興味深い逸話がございます。
「ブルペンで待機している時、電話が鳴るのが怖くて、みんな電話から離れていくねん」
想像すると思わず笑ってしまいますが、これは仕事の現場でも「電話のあり方」について、重要な示唆を与えてくれます。
メジャーのブルペンにかかってくる電話は、「チームのピンチだ。今すぐマウンドへ向かえ」という、緊急かつ重大な業務命令以外ありえません。だからこそ、プロの選手たちでさえ、その音に緊張し、逃げたくなるのです。
ひるがえって、日本のオフィスはどうでしょうか? その「ブルペンの呼び出しベル」を、「ちょっと確認ですが」や「メール送りました」という比較的緩やかな用件で鳴らしすぎてはいないでしょうか?
今回は、この「ブルペンの緊張感」をキーワードに、ビジネスにおける電話のあり方を科学的根拠に基づいて見直し、AI時代の新しいコミュニケーションについて考えてみたいと思います。
【科学的根拠】電話1本で集中回復に「23分」かかる?
「電話一本くらいで大げさな」と思われるかもしれません。しかし、電話による中断が生産性にどのような影響を与えるかは、世界中の研究で示されています。
① 元の集中に戻るには「23分15秒」のロスが発生
カリフォルニア大学アーバイン校のグロリア・マーク教授の研究によりますと、一度作業を中断されると、元のタスクに戻り、以前と同じ深い集中状態になるまでには「平均23分15秒」かかるとされています。
たった1分の電話でも、脳にとっては約25分の時間を失うリスクがあるのです。
② 着信を気にするだけで「IQ」が低下する
さらに興味深いのが、ロンドン大学キングス・カレッジの研究です。電話やメールの着信を気にしながら仕事をすると、実質的なIQ(知能指数)が一時的に10ポイント低下するという結果が出ています。
これは「徹夜明け」の状態と同等か、それ以上に深刻な能力低下とのことです。 つまり、オフィスに電話が頻繁に鳴り響く環境は、「全社員を寝不足状態で働かせている」のと同じような影響がある可能性があります。経営視点で見れば、これは看過できない損失かもしれません。

「メール見ましたか?」電話がマナー違反な理由
以上の科学的根拠を踏まえますと、私たちはこのように考えてみてはいかがでしょうか。 「電話は、地震速報並みの緊急事態にのみ使うことを検討する」と。
メールやチャットは、相手が好きなタイミングで読める「非同期コミュニケーション」です。 対して電話は、相手が会議中だろうと、深い思考の海に潜っていようと、その時間に影響を与える「同期コミュニケーション」です。
同期通信が生む非効率
かつて私の職場にも、メールを送った直後に「今メール送りましたので見てください」と電話をかけてくる方がいらっしゃいました。
これは、「レストランでQRコードから注文を完了したのに、わざわざ店員を呼び止めて『注文しましたよ!』と念を押す」のと同じくらい、ツールの利点を活かしきれていない使い方かもしれません。
相手の「23分」に影響を与え、IQを低下させる可能性がある。現代のオフィスワークにおいて、これは「丁寧」というより、むしろ避けた方が良い「コミュニケーション方法」と言えるのではないでしょうか。
若者が電話に出ないのは「能力不足」ではなく「最適化」
よく「最近の若者は電話対応ができない・苦手だ」という声を聞きます。しかし、これは能力の低下ではなく、「通信手段の変化への適応」と捉えることもできるのではないでしょうか。彼らの行動は、ある意味で科学的・論理的な側面を持っているのです。
- 環境の変化 SNSやスマホに慣れた世代にとって、固定電話は家にないので社会人になって使う「新しいツール」です。訓練なしに完璧に対応できる方が不自然かもしれません。
- 効率性の追求 テキストは「ログ(証拠)が残る」「相手の時間を尊重できる」優位性があります。
「書くのが面倒だから電話する」という人もいますが、今は生成AIや音声入力がございます。話した内容を一瞬でテキスト化できる時代に、相手の時間に影響を与える理由は薄れてきているのかもしれません。
それでも仕事に電話が必要な4つのケース
では、すべての電話を廃止すべきでしょうか? 答えはNOです。 オフィスワークでは「脱・電話」を進めることをご提案いたしますが、「あえて電話(音声)を選ぶべき場面」も確実に存在します。
- 物理的に手が塞がっている現場 建設、物流、医療現場など。「スマホを見る」より「トランシーバーで伝える」方が安全で早い場合がございます。
- 文字情報の処理が困難な方への対応 高齢者や、読み書きにハンディキャップをお持ちの方。ユニバーサルデザインの観点から、音声窓口は必須です。
- 感情(温度感)が最優先の場面 謝罪や複雑な交渉。テキストでは伝わらない「誠意」や「ニュアンス」を伝える時がございます。
- 緊急地震速報レベルの緊急事態 これこそが、電話本来の役割ではないでしょうか。
未来の電話対応はAIが担う時代へ
人間が対応するにはコストが高く、精神的負担が大きい電話業務。これらは今後、AI(人工知能)に置き換わっていく可能性がございます。それは「冷たい対応」になることではなく、むしろ「人間以上の優しさ」を提供することに繋がるかもしれません。
① 感情労働からの解放(クレーム対応)
AIは、どんなに激昂されても、決して傷つかず、冷静に、丁寧に「傾聴」し続けることができます。AIが「防波堤」になることで、人間の心を守ることができるのです。
② 無限の忍耐(認知症ケア・教育)
認知症の方に同じ質問を100回されても、AIは100回目でも1回目と同じ優しさで、同じトーンで答えることができます。「飽きない」「疲れない」AIこそが、最も優しい介護パートナーになり得るのかもしれません。
③ 「方言」の壁を超える可能性(全国対応の未来)
私自身、全国転勤の業務で各地を回った際、地方独特の方言や訛りの聞き取りに苦労した経験がございます。特に高齢者の方にとって、無理に標準語を話すことはストレスであり、うまく伝えられない原因になることがあります。
未来の電話はこのようになる可能性がございます。
- 高齢者: 慣れ親しんだ「コテコテの方言」で話す。
- AI: 瞬時に標準語のテキストに翻訳・要約してオペレーターに表示する。
これにより、「方言を直していただく」のではなく「テクノロジーが歩み寄る」ことが可能になり、誰も取り残さないサービスに繋がるのではないでしょうか。

「電話=悪」ではございません。 ただ、「ブルペンの電話を、雑談程度の話に使っていないか?」という意識を持っていただくこと。 そして、AIという新しい技術を活用して、人間が疲弊しない形にアップデートしていくこと。
それが、令和のビジネスパーソンに求められる「新しいコミュニケーションのあり方」なのかもしれません。



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