生成AI時代、公認会計士に本当に必要なのは「知識量」より「外れ値を実際に確認する力」と「倫理観」かもしれない
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はじめに:ここでいう「公認会計士」とは?
ChatGPT をはじめとする生成AIが広がってから、
「監査なんて、そのうちAIが全部チェックしてくれるんじゃない?」
という話を聞くことが増えました。
この記事で言う「公認会計士」は、
日本の 公認会計士資格 を持ち
監査法人や事務所で働く「監査のプロ」
を主な対象にしています。
生成AI時代に変わっていくのは、
仕訳・取引データの チェック作業
財務諸表や注記の 機械的な突き合わせ
契約書・議事録などの 証憑読み込み・要約
といった「大量の情報を機械的に当たる仕事」です。
その一方で、むしろ価値が 上がっていく のは、
AIが拾い上げた財務諸表の「外れ値」について、
その意味を判断し、現場で本当に起きていることを確認しに行く力
会社や経営陣に対して「NO」と言うべき場面で、ちゃんと言える倫理観
投資家・社会からの信頼に、自分の名前で責任を持つ覚悟
といった、人間のコアな部分かもしれません。
1. 公認会計士の「独占業務」とはなにか
1-1. 独占業務は、究極的には「監査意見にサインする仕事」
税理士との違いを整理するとき、よく言われるのが:
税理士の独占業務:税務書類の作成・税務代理・税務相談
公認会計士の独占業務:財務諸表監査
という整理です。
法律の世界で具体的に言うと、
金融商品取引法に基づく有価証券報告書等の監査
会社法に基づく「会計監査人監査」
そのほか、学校法人・医療法人・社会福祉法人・労働組合・地方自治体など、様々な法令で「公認会計士または監査法人による監査」が要求されるケース
などが、公認会計士・監査法人にしかできない領域です。
シンプルに言い換えると、
会社法や金融商品取引法に基づく財務書類の監査および証明業務
(いわゆる「監査意見にサインをする仕事」)
であり、
究極的には、「監査意見にサインして、その内容にプロとして責任を持てること」
が、公認会計士の独占業務だと考えられます。
2. USCPAと無資格スタッフ:現場では「資格より役割」で仕事が分かれる
2-1. USCPAは「挑戦しやすいが、サインはできない」
実務の世界では、USCPA(米国公認会計士) も監査法人で普通に採用されています。
Big4を含む大手監査法人では、USCPA合格者・全科目合格者を
「監査経験不問」で積極採用している例が多い
特に外資系や海外案件では、USCPAの英語力&IFRS / US GAAP の知識は重宝される
といった状況があります。
試験制度・勉強量の面でも、
日本の公認会計士試験と USCPA には、次のような違いがあります。
日本の公認会計士試験
年1回の大きな本試験
合格までに 2〜4年程度 の受験期間を取る人が多い
勉強時間も、トータルで
3,000〜5,000時間(短く見積もっても2,500時間前後)
を目安にしている受験生が多い
USCPA
試験科目が4つに分かれていて、年間を通じて何度も受験できる
4科目を分割して受けられるので、「まず1科目から」挑戦しやすい
忙しい社会人でも、仕事と両立しながらスケジュールを組みやすい
合格に必要な勉強時間の目安は、英語力や会計の前提知識によりますが、
だいたい600〜1,000時間前後、多めに見ても1,000〜1,500時間程度
つまり、
「一発・年1回の超ボリューム試験」である日本の公認会計士試験に比べると、
USCPA は 必要な勉強時間も少なめで、科目ごとに小刻みに受けられるぶん、心理的にも挑戦しやすい資格
と言えます。
ただしここは繰り返しですが、
USCPA はあくまで「米国のCPA資格」であり、
日本の法令に基づく監査報告書にサインできるのは、日本の公認会計士だけ
という線引きは変わりません。
チームの一員として監査手続を行う
英文財務諸表や米国基準の案件を多く担当する
ことはできても、最終的な監査意見に署名するのは、日本の公認会計士(または監査法人) という構図です。
2-2. 無資格スタッフでも、実際の監査はかなり担当している
もうひとつ重要なのが、
「公認会計士資格がなくても、監査法人で“監査の実務”に携わることは普通にできる」
という現実です。
監査アシスタント
ジュニアスタッフ
アドバイザリー要員
といったポジションには、公認会計士試験合格前の人や、その他の会計系資格・無資格の人も採用される ケースが多くあります。
具体的には、
仕訳データのチェック
請求書・契約書などの証憑突合
在庫立会や棚卸立会
分析的手続(前期比や予算比の分析など)
といった「手と頭を動かす監査手続」のかなりの部分は、
チームの下層〜中堅スタッフ(無資格含む)が回している のが実態です。
改めて整理すると、
実務としての「監査手続」は、無資格やUSCPAでもかなりの部分を担える
ただし「監査意見にサインして、法的な責任を負う」のは公認会計士だけ
という、“資格より役割”で分かれている世界 だと言えます。
3. 監査 × 生成AI:「外れ値をどう攻めるか」の時代へ
3-1. 監査業界ではすでにAI活用が始まっている
監査の世界でもすでに、
監査計画フェーズ(企業・環境の理解、リスク評価)
内部統制評価フェーズ
実証手続(証憑突合、分析的手続、仕訳テスト、開示検証など)
監査意見表明前の総括的検討
といった場面で、AIが補助的に利用されていく ことが語られています。
とくに、
取引・仕訳データにおける異常検知
不正リスクの高そうな部分の識別・評価
といった領域で、AIや高度な分析ツールの活用が期待されています。
3-2. AIで怪しい数字を炙り出し、人間が責任を持って確認する時代
「財務諸表から外れ値を見つけて、そこを重点的につけばいいのでは?」
という考え方は、まさに 現代監査の中核 に近い発想です。
売上や利益率の推移
在庫の回転期間
貸倒引当金の水準
特定取引先への売上比率の急変
といった、データとしての「外れ値」「違和感のある動き」 を見つけるところは、
これからどんどん AIに任せていく部分 になっていきます。
ここで大事なのは、
AIを使えば、「どこから調べ始めればいいか」の“とっかかり”をすばやく作れる
という点です。
「怪しいかもしれない勘定科目・取引先・月」をAIに洗い出してもらい
公認会計士は、その中から 本当に危なそうなポイントを選び
そこに対して、実物確認・ヒアリング・追加手続 を集中させる
という役割分担が、かなり現実的になってきています。
ただし、
その外れ値が 「ビジネス上の正当な理由による変化」なのか
それとも 「不正・粉飾の兆候」なのか
あるいは 「会計処理の選択の結果」なのか
を見極めるためには、
実際に現場に行って 実物確認(棚卸立会など) をする
担当者・経営陣から ヒアリング を行う
契約書・稟議書・議事録などの 裏付け証拠を直接チェックする
といった、人間による“当たり”の作業 が欠かせません。
つまり、
「怪しい数字を炙り出すところまではAIに任せて、
その意味を判断し、現物・現場を責任を持って確認するのは人間の公認会計士がやる。」
生成AI時代の監査は、
「どこを見るかをAIが示し、どう見るか・どう結論づけるかを人間が決める」 方向に進んでいくのだと思います。
3-3. 日本公認会計士協会も「AI×監査」を正面から特集している
公認会計士側も、AIを“他人事”とは見ていません。
公認会計士協会HPより
日本公認会計士協会の公式サイトには
「公認会計士業務とAI」 という特集ページがあり、冒頭で
IT技術の進歩により、公認会計士の仕事がAIに代替されるという報道があるが、それは事実なのか、公認会計士業務は今後どう変化していくのか──
という問題意識をはっきり掲げています。

出典:日本公認会計士協会「公認会計士業務とAI」特集ページ
この特集の中では、
グローバル会計・監査フォーラム
「AIを活用したビジネス・監査の展望と課題」(2019年開催)
解説動画「公認会計士のしごととAI」
会計・監査ジャーナルでのAI特集号
協会役員によるショートビデオ・インタビュー
などを通じて、「AIと競合するのではなく、どう活用して監査を変えるか」 が繰り返し議論されています。
さらに、協会は
パンフレット「監査業務におけるITの活用事例(改訂版)」 も公開しています。
監査計画・実査・意見形成など、各フェーズでITをどう使っているかを事例でまとめたものです。
日本公認会計士協会
「監査業務におけるITの活用事例(改訂版)」
👉 https://jicpa.or.jp/news/information/files/5-10-0-2-20181010.pdf
このパンフレットの公表日は 2018年10月15日 で、内容自体も 2018年9月時点 の状況に基づいています。
つまり、代表的な生成AIである ChatGPT(2022年公開)よりもかなり前の資料 です。
今読むときは、
当時からすでに IT・AI 活用への強い問題意識があったこと
ただし、現在のような「生成AI」を前提にした議論ではないこと
の2点を頭に置きつつ、
「業界がどのタイミングからAI・ITに本気で向き合い始めたのか」
を知るための参考資料として扱うのが良さそうです。
4. それでも「倫理観」と「職業的懐疑心」は人間の領域
4-1. AI時代ほど「職業的懐疑心」が重要になる
公認会計士の基本姿勢としてよく言われるのが、
“職業的懐疑心”(professional skepticism)
です。
経営者の説明を、無条件には信じない
数字に違和感を覚えたら、説明を求め、証拠を確認する
圧力や馴れ合いに流されず、「それはおかしい」と言い続ける
この姿勢は、AIがどれだけ進化しても、
最終的には人間の良心と倫理観に依存する部分 です。
むしろ、
AIがきれいなレポートを出してくれる
ダッシュボードが「問題なし」と見せてくる
世界だからこそ、
「本当にそうか?」「この前提は妥当か?」
と疑う習慣を持っているかどうかが、
公認会計士としての差になっていきます。
4-2. 独立性と「NOと言えること」
公認会計士には、法令・基準レベルで「独立性」が求められます。
利害関係が強すぎる会社の監査をしない
経営陣からの過度な圧力に屈しない
不適切な会計処理があれば、修正を求める・意見不表明も辞さない
こうした行動は、AIには代行できません。
生成AI時代の公認会計士にとって、本当の意味での「独占業務」は、
データとAIの分析結果を踏まえたうえで、
自分の名前で意見を表明し、
必要なときには経営陣やクライアントに「NO」と言うこと
なのかもしれません。
5. 生成AI時代、「選ばれ続ける公認会計士」の条件
ここまでの話をまとめて、
これから価値が高まる公認会計士像を整理してみます。
5-1. データとAIを味方につける人
仕訳データ・取引データ・非財務情報を、AIや分析ツールで高速にさばける
ルーティン手続を自動化し、自分は「判断」と「対話」に時間を使える
5-2. 「外れ値レーダー」が鋭い人
財務諸表の異常値・違和感のある動きを素早く嗅ぎ取れる
AIのアラートを鵜呑みにするのではなく、「これは本当に重要な外れ値か?」と取捨選択できる
5-3. 倫理観と職業的懐疑心を持ち続けられる人
クライアントに気に入られることより、「正しい監査」を優先できる
「この説明は筋が通っていない」と感じたとき、ちゃんと突っ込める
5-4. ビジネスと社会の両方を見て話ができる人
企業のビジネスモデル・業界構造を理解したうえでリスクを語れる
投資家・金融機関・社会にとって、何が「信頼できる情報」なのかを説明できる
おわりに:「数字の番人」から、「信頼の番人」へ
生成AIは、
仕訳データの異常検知
財務諸表の自動チェック
監査手続の効率化
といった領域で、これからもどんどん活躍していくはずです。
その流れの中で、公認会計士という職業は、
「数字をチェックする人」から、
「信頼に責任を持つ人」
へと、静かにシフトしていくのではないでしょうか。
知識量よりも、外れ値を実際に確認する力
作業量よりも、NOと言える倫理観
そして、AIと人間の役割分担を理解していること
こうした要素を大事にする公認会計士が、
生成AI時代にはいっそう “価値の高まる側” になると、私は思います。
※この記事は【生成AI時代の専門職を考える】シリーズの 公認会計士編 です。
すでに公開した「医師編」「弁護士編」と合わせて読むと、
AIが専門職に与える影響の共通点と、それぞれの職業ならではの違いが見えてきます。

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